清韻集・風韻集・同人集・繪硝子集作品より   和田 順子選
 

牡丹寺までパラソルの初使ひ        向笠 和子

金魚屋の桶に序列のありにけり       下鉢 清子

東京は恋しき街や草矢射る         北見 さとる

緑さす見上げ足らざる樟の丈        鈴木 喜美恵

放哉忌うしろ寂しき夕ざくら        藤田 純男

行く春の静の草屋の掛時計         柳田 聖子

一人とは無人に等し五月闇         長崎 友子

生涯農夫ほこりに野火を守りけり      見田 英子

メヌエットなんぢやもんぢやの散るは散る  久保田 庸子

夕暮れてマーガレットの白き風       岩田 洋子

薫風や遊行柳へ選ぶ畦           石澤 青珠

千年の檜山杉山五月山           関口 玉枝

ゑご散るやここに始まる神田川       吉村 ゑみこ

めうが屋の足袋の型紙五月来る       齋藤 直子

機関車の長き鼻づら夏に入る        倉橋 廣

ペリカンに開園の刻椎匂ふ         石澤 敏秀

青葉木菟そろそろ眠くなる私        高階 トヨ子

 
 

    上掲の作品について、「一句鑑賞文」をお寄せください。

   一句について200字以内。 編集部宛てFAX042-473-3632)にて

   お送りください。 掲載させていただいた場合、俳誌「繪硝子」を

   贈呈いたします。


選評一句(同人集作品より)

    あらためて書く礼状や花は葉に     大町 湖月

 何気ないことを句にしてある。しかしながら読むものの心に届き、
共感を呼ぶ。 なにか戴いたり、好意を受けた場合取りあえず電話で
済ませ、後でゆっくりと思いながら時間が経つことがある。 
 季語の「花は葉に」が、そのことを感じさせて余りある。 
 あらためて書く礼状は、心の籠ったものになったろう。
 手紙をいただくのは嬉しいことだ。封書の便箋に一枚白紙を加える
のは、昔巻紙の手紙の外側を覆ったことの名残であり、封書にしめ〆を
書くのは、封じ目であり紐を結んだ形でもある。 
白紙を重ねるのも、〆も意味のあることであるが、現代には余り通用しなくなった。

 
 
 選評一句(繪硝子集作品より)

    ぼうたんを剪りしあたりの空ろなる    神原 愛子

 牡丹が咲けば、まして庭に咲けば日になんども眺めて、その存在を
確かめる。
 これ以上咲かせると木が弱るからと、剪るのも頃合いが必要になる。
そして剪ったあとに寂しいほどの空しさが残る。 菟絲子先生にも
     ためらはで剪る烈風の牡丹ゆえ
 があり、美しい牡丹は美しいままで終らせたい。
 そこに日本人の美意識があり、剪ることにつながるのだろう。