清韻集・風韻集・同人集・繪硝子集より   和田 順子選  
 
 

虚飾なき身に満月のゆらゆらと     向笠 和子

野の家の柿の熟れゆく日ざしかな    下鉢 清子

那珂川

鮎落ちて莬絲子師しのぶ山河かな    藤田 純男

実の重し雨の重しと落羽松       古島 恒子

ひと日ひと日大切となる虫の秋     宮田 美知子

藩校の跡とありけりまゆみの実     河合 寿子

筆りんだうおづおづひらく雨の中    長崎 友子

兄をよく知る人に会ふ秋彼岸      吉島 弘子

白樺に霧の晴れゆく旅愁かな      髙平 嘉幸

晩祷やいつしか虫の止んでをり     山口 佐喜子

空稲架に一番星の生まれけり      金山 征以子

余生にも余勢はありき柿落葉      真塩 裕一

澄む秋の心地と母の言ひ給ふ      古賀 幹子

行く秋の紺屋百筋布干せり       吉村 ゑみこ

その朱は喜悦のいろぞ唐辛子      向笠 千恵子

秋深し人と別れて人の中        竹内 令子

    上掲の作品について、一句鑑賞文をお寄せください。

   一句について200字以内、編集部宛てFAX042-473-3632

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お送りください。掲載させていただいた場合、

   俳誌「繪硝子」を
贈呈いたします。

選評一句(同人集作品より)

 

   竹伐って蒼天いよよ深くせり   田島 昭代

 「竹伐る」が秋の季語になっているのは、竹は八月に(陰暦)切る

べしとの伝えからである。陰暦八月は今の九月から十月にかけて、


竹が勢い
よく伸び切った頃である。


 この時期の竹は細工にも良かったのであろう。

 ただし、六月二十日に鞍馬寺で行われる「竹伐会」は夏の季語に

なっている。 竹を切る時はまさに秋。

 よい日を選んでよく茂った竹を切ったあとには、青々とした空が

あるばかりである。
 生活に即して詠まれてある。

 
 選評一句(繪硝子集作品より)

 

   老杉に水のしづけさ秋深む    近藤 れい

 秋の那須黒羽吟行会の句である。芭蕉の跡を尋ねて、雲巌寺、

大雄寺、
玉藻稲荷、遊行柳、白河の関など巡ったが、どこも心に残る

風景であった。
 この句は雲巌寺ではないだろうか。

何処という説明もなく、深秋を伝える言葉は最小限である。

ゆえに人の心に入りやすく、
詩情が膨らむ。
 
 老木となって聳える杉、
静まった池、ひんやりした空気に秋の

深まりを 感じる。
 言葉が風景を邪魔していない。